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大阪地方裁判所 昭和60年(ヨ)1397号 決定 1985年10月11日

申請人

蝦名勝吉

右訴訟代理人

芝原明夫

金高好伸

被申請人

トモエタクシー株式会社

右代表者

西井理一

右訴訟代理人

竹林節治

畑守人

中川克己

福島正

主文

一  申請人が被申請人に対し、雇用契約上の地位を有することを仮に定める。

二  被申請人は申請人に対し、昭和六〇年四月から本案訴訟の第一審判決言渡に至るまで、毎月二八日限り、一か月二三〇、九三七円の割合による金員を仮に支払え。

三  申請人のその余の申請を却下する。

四  申請費用は被申請人の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一申請の趣旨

1  主文第一、第四項と同旨。

2  被申請人は申請人に対し、昭和六〇年四月以降本案判決確定まで毎月二八日限り金二七二、三九二円と支払期日から支払済みまで年五分の割合の金員を仮に支払え。

二申請の趣旨に対する答弁

1  申請人の申請はいずれもこれを却下する。

2  申請費用は申請人の負担とする。

第二当裁判所の判断

一当事者間に争いのない事実及び本件疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。

1  雇用契約

申請人は、昭和五六年九月二一日、被申請人(昭和六〇年三月二一日商号変更、旧商号「巴タクシー株式会社」)にタクシー運転手として雇用され、住道営業所で運転業務に従事していた。

2  本件解雇

被申請人は、申請人に対し、昭和六〇年三月二日、三〇日の予告期間をもうけ、四月一日をもつて諭旨解雇とする旨の懲戒処分による解雇の意思表示をした。

申請人は、右四月一日出社したところ、従業員ではないとして就労を拒否された。

二本件解雇の効力について

1  申請人は、本件解雇は、積極的な組合活動を行なう申請人を職場から放逐せんとする不当労働行為意思に基づくものであり、かつ、処分の内容も過重であつて、解雇権の濫用として無効である旨主張する。

これに対し、被申請人は、申請人において、昭和六〇年二月八日及び二月一八日の二回養護学級生徒送迎の無線配車指示を拒否し、右一八日には「養護なんか行けるか。」と暴言を吐くとともに、本社営業所内において河野営業部長等に対し、「なぜ無線配車停止だ。」「担当者に行かせればよい。」等と大声で怒鳴り、同部長に掴みかからんばかりの勢いで、上司に不当に反抗し、職場の秩序を乱したものであつて、右は、就業規則第一〇四条三七号及び三二号の懲戒処分としての解雇事由に該当し、同規則九五条六号により、三月二日、三〇日の予告期間をもうけ、四月一日をもつて諭旨解雇とする旨の懲戒処分をしたものであり、本件解雇は有効である旨主張する。

2  そこで、本件解雇事由に関連する事実関係について検討する。

当事者間に争いのない事実及び本件疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。

(一) 被申請人は、守口(本社)、萱島、古川橋、四条畷、泉北、住道に営業所を置き、従業員五八〇名、タクシー二六三台を有して旅客運送業を営むタクシー会社であり、住道営業所には、従業員七五名、タクシー四三台を有している。

大阪府下のタクシー業務区域は、大阪市域(大阪市、堺市、守口市等)と郡部A地区、同B地区の三つに区分されており、被申請人の住道営業所は、郡部A地区のうち、大東市、四条畷市、寝屋川市の一部を営業区域としている。右区域は、被申請人一社による独占営業となつている。営業形態は、国鉄片町線住道駅、四条畷駅等の各駅待ち、A地区内の流し及び無線配車による営業であつて、無線配車の割合は少なくとも三、四割は下らない地域である。

(二) 被申請人の就業規則は、懲戒の種類として、譴責(文書により将来を戒める。)、減給(一回につき平均賃金の半日以内を減給する。但し、その総額は、その月の賃金総額の一〇分の一を超えることはない。)、降格(資格、職階を引き下げる。)、乗務停止(一定期間乗務を停止し、再教育を受けさせ、または、他の業務に従事させる。)、出勤停止(二〇労働日以内の期間を定めて出勤停止を命ずる。出勤停止期間中の賃金、賞与は一切支給しない。)、諭旨解雇(予告期間をもうけるか、または予告手当を支給して解雇する。この場合、退職金は原則として支給しない。)、懲戒解雇(予告期間をもうけないで即時解雇し、退職金を支給しない。この場合、所轄労働基準監督署長の認定を受けたときは、予告手当を支給しない。)の七種類を定め、情状酌量の有無、または反省の事情によつて処分を軽減あるいは加重することがあるとし(第九五条)、同一の行為、または連続する行為で違反行為が二以上にわたる場合には、それぞれの事由による懲戒のうち最も重い懲戒を行う(第九六条)、懲戒に処せられた後、再び懲戒に該当する行為を行つた者に対しては懲戒を加重する(第九七条)とされ、第一〇四条は、諭旨解雇、懲戒解雇の事由として、一号から四三号まで規定し、「業務上の指示、命令に不当に反抗して事業場の秩序を乱したとき」(三二号)、「無線の取扱いで応答拒否、通話妨害、または暴言をはくなどの行為があつたとき」(三七号)を右解雇事由としている。

右就業規則の運用賞罰の決定については労使協議会等に諮問する(第一〇六条)こととされており、また、懲戒処分前の就業制限として、「違反行為者に対して懲戒処分が決定するまでの間、会社は当該従業員に対し、他の勤務につかせ、または就業を停止するなど、就業を制限することがある。就業を停止した場合は、その間賃金を支給しない。」とされている(第九八条)。

(三) 被申請人は、昭和五九年五月、合理的な運行管理、労働時間管理を行ない、同時に納金管理を簡素化することで運転手の日常労働の無駄をはぶくなどタクシー業務近代化をはかるシステムとして、タクシー運行管理コンピューターシステムの導入を計画し、被申請人の企業内組合であるトモエタクシー労働組合(旧名称「巴タクシー労働組合」、組合員約三九〇名、五支部)と交渉を重ね、同組合の同意を得て、実車時間(客を乗せて運転している時間)を把握する右コンピューターシステムを導入し、同年一〇月二日には右組合と乗務員給与規定協定書を締結し、右実ハンドル時間に基づく賃金体系を採用している。

(四) 右コンピューターシステムの導入に対して、組合内部に異論があり、住道支部など一部支部では右導入に反対であつたが、組合執行部は、組合大会にはからず、執行委員会の決議に基づいて前記同意をした。そのため、組合員のなかには、実ハンドル時間の採用により、長時間労働を押しつけられ、労働条件の低下を招くとして不満を抱く者も多く、申請人は、昭和五九年一〇月下旬、「実ハンドル時間」問題の改善を掲げて組合の副委員長に立候補したが、同年一一月選挙の結果、一五九票を獲得したものの二九票差で落選した。

同年一二月ころ、申請人は住道営業所西川次長から「指導員になるよう頑張つてほしい」旨の話しがあつたが、申請人には指導員になる意思はない旨伝えた。なお、指導員は、職階としては一般乗務員の上にあり、副班長の下に位置し、月七、〇〇〇円の手当が支給されるものであるが、右指導員、副班長、班長の役付きになることにより組合員資格を失うものではない。

(五) 被申請人は、大阪府下の市町村の教育委員会から、養護学級児童の登下校時の送迎依頼を受けて、その送迎に当つているものであり、住道営業所では、住道南小学校養護学級生徒送迎の予約について、予め予約担当者を決めてその送迎に当り、欠勤や実車等の事由で担当者が予約に応じられない場合は、本社から無線配車指令で駅待ち先頭車に送迎指示がなされていた。

もっとも、右送迎は時間調整が必要であり、実ハンドル時間に基づく賃金体系においては、必ずしも割の良い仕事とはいえないこともあつて、予約担当者が時間調整をせず、安易に他の割の良い仕事に行つたと思われる場合もあり、そのために駅待ち先頭車に送迎指示がなされることは好ましいことではないと考え、申請人は、その改善方を同営業所西川次長等に申し入れていたが、これといつた措置はとられていなかつた。

(六) 本件解雇事由

(1) 昭和六〇年二月八日午後二時過ぎころ、申請人は、住道駅先頭で待機中、前記養護学級生徒送迎の無線配車指示を受けたが、予約担当者が時間調整もせず割の良い仕事に行つたものと思い、これに腹を立て、「養護なんか行けるか。受けている者に行かせろ。」と言つて、これを拒否した。

その後、間もなくしてこれを知つた住道営業所の松島班長が右送迎に向つた。

(2) 同月一八日午後二時二〇分ころ、申請人は、住道駅先頭で待機中、前記養護学級生徒送迎の無線配車指示を受けたが、二月八日の場合と同様に腹を立て、「養護なんか行けるか。予約を受けている者に行かせろ。」と言つて、これを拒否した。

本社無線配車センターに居合わせた河野営業部長は、右申請人の無線配車拒否を聞き咎め、無線係に申請人への無線配車止めと同部長へ電話連絡をとるよう指示した。

(3) 申請人は、無線係から右指示を知らされ、同日午後三時三〇分ころ、本社営業所事務所に赴き、河野部長に対し、興奮した面持で「どうして無線止めだ」と大きな声で問い質し、同部長が「お前さつき無線を拒否し、暴言を吐いて行かなかつたからだ。なぜ配車を拒否するのか。」と応じると、「担当者がいるのに行かないからだ。」と拒否した理由を説明したが、同部長、さらには泉係長らが「謝りに来ているのか、文句を言いに来ているのか、どつちだ。」と叱り、養護学級生徒送迎の配車指示に応じるよう説明、指導したが、申請人にその内容が、担当者の責任に触れず、一方的に思われ、感情的になり、「担当者に行かせればいい」旨主張して、口論となり、事務所から退出しようとした際、部長から事実報告書を書くよう指示されたが、「そんなもの書くか」といつて退出した。

(七) 申請人は、その後西川次長から事実報告書を作成提出するよう求められ、二月二三日、無線配車拒否及び上司である河野部長に対し失礼な態度をとつたことに関して事実報告書を作成して提出した。右報告書において、申請人は「今後このようなことのないように深く反省している」旨表明している。

なお、被申請人は、就業規則第九八条に基づき、懲戒処分前の就業制限として、右二月一八日以降申請人に対する無線配車停止の措置をとり、二月二八日まで右措置は継続された。申請人としては、従前営業収入中の無線配車の割合が相当あり、住道営業所の区域での駅待ち、流しでは水揚げの減少を来たすこと、また上司の言もあつたことから、右措置期間中は、大阪市域において流し運転し、二月の水揚げ減少は僅かで済んだ。

(八) 昭和六〇年二月二八日、議長は河野部長、書記は野田部長代理、委員は労使双方各六名からなる懲罰委員会が開催され、申請人も出席のうえ、前記申請人の無線配車拒否、暴言等につき審査がなされた。同委員会において、申請人の提出した前記事実報告書が朗読され、申請人がその場でその内容を認め、反省する旨表明し、二、三質疑がなされて審理を終え、組合側委員のうち三名は減給及び配車止の意見を、残り三名は諭旨解雇の意見を、また会社側委員等八名はいずれも諭旨解雇又は懲戒解雇の意見をそれぞれ表明し、三月一日、会社側代表河野部長と組合側代表橘高執行委員長が、右意見をもとに協議し、懲罰委員会の意見としては諭旨解雇処分が相当と決し、その旨社長に上申され、被申請人により本件諭旨解雇処分がなされた。

なお、申請人と同じく無線配車拒否を理由として右懲罰委員会の審査に付された者として、神代匠がおり、同人は減給三、〇〇〇円教育(下車勤務)一日の懲戒処分を受けているが、その内容は、タクシー乗り場に停車させるに当り、駐車車両との車間距離を十分とらずに停車させ、無線配車を受けた際に後続車もあつて発進できなかつたことから、無線配車に応じられない旨回答したというものである。

(九) 本件諭旨解雇処分に対しては、処分が重すぎるとして、組合の住道支部組合員ら六三名の嘆願書が、三月一六日被申請人に提出された。(なお、右提出に際し、河野部長が文言中不適切な部分があるのではないかと質し、組合執行委員長が右記載部分は事実に反することを認め、同部分を任意抹消のうえ提出した。)

また、申請人は、昭和五九年六月三〇日には無事故運転(六か月間)で、同年一二月一四日には無事故無欠勤運転(一年間)でいずれも表彰されており、これまで懲戒処分を受けたことはなかつた。

3  右認定事実によれば、申請人は、二月八日及び二月一八日の二回にわたり養護学級生徒送迎の無線配車指示に対し、「養護なんか行けるか。」といつて拒否し、また二月一八日本社営業所内で河野部長等からの業務上の指示、命令である無線配車指示に従うようにとの指導に対し、担当者に行かせればよいとして応じようとせず、その際大声で口論に及ぶなど反抗的態度を示したものであり、右申請人の行為は、被申請人主張の就業規則一〇四条三七号の「無線の取扱いで暴言をはく行為」、三二号の「業務上の指示、命令に不当に反抗して事業場の秩序を乱したとき」に該当するものということができる。

4  申請人は、本件解雇は、積極的な組合活動を行なう申請人を職場から放逐せんとしてなされた不当労働行為である旨主張する。

しかし、右2に認定のとおり、申請人が組合の副委員長に立候補するなど、組合活動に積極的に参加していたこと、後記説示のとおり、処分内容が重きに過ぎることが認められるけれども、申請人が前記無線配車拒否、暴言等の行為に及ぶ以前、さらには本件処分決定以前に、被申請人において申請人の右組合活動を嫌悪し、申請人を職場から放逐しようとしていたことを推認させるに足りる事実の疎明はなく、また、前記認定の、申請人の無線配車拒否、暴言等の行為に対し、懲戒処分として本件解雇がなされた経緯に照らせば、右申請人の不当労働行為であるとの主張は認めることができない。

5 ところで、使用者が労働者を解雇するには、解雇が労働者に与える影響の重大性に鑑み、社会通念上解雇をやむを得ないとするに足りる相当な事由の存在することを要し、そのような事由なくしてなされた解雇は、それが懲戒処分としてなされたものであつても、解雇権の濫用にあたり無効と解するのが相当である。

そこで、被申請人が申請人を諭旨解雇の懲戒処分としたことが社会通念上相当といえるか否かについて検討する。

なるほど、前示のとおり申請人の行為は就業規則で定める解雇事由に該当するということができ、また、懲罰委員会において、組合側委員三名を含む多数意見が諭旨解雇ないし懲戒解雇の意見を表明し、解雇は重過ぎるとする意見は三名と少数であり、被申請人は右委員会の意見を尊重して、本件諭旨解雇処分をしたことが認められる。

しかしながら、懲戒事由とされた申請人の行為のうち、「養護なんか行けるか」と暴言をはいて二回無線配車指示を拒否した行為については、右発言の趣旨は、申請人において、送迎予約担当者が時間調整等をせず他に行つてしまい。そのため割の良くない仕事が自分に回されてきたと思い、以前から同様な事例があつて右養護送迎の体制が適切に運用されていないと考えていたこともあつて、これに腹を立て、「担当者に行かせればよい」として拒否したものであり、配車指示を拒否した点は、タクシー業務の公共性や養護学級生徒送迎に対する理解、配慮に欠けるところがあつたとして非難されるべきではあるけれども、養護学級生徒に対する悪意とか偏見等に基づく発言ではなかつたものであり(本件疎明資料によれば、予約外の養護学級生徒の送迎であるいわゆる別養護については、申請人は回数は少ないものの応じていたことが一応認められる。)申請人が拒否した送迎予約については、他の者が応じて、被申請人が右申請人の行為によつて社会的に非難を受けたとか、損害を受けたものではなく、右「暴言をはいて配車を拒否した行為」の程度は比較的軽度であるということができ、また、本社営業所内で河野部長等の指示、指導に従わず、反抗的態度を示した行為については、申請人において弁解する機会を与えられないまま無線配車停止の措置がとられた直後の感情的になつていた場面での言動であり、その後事実報告書を提出し、部長に対する非礼を詫びるとともに、本件行為に対して反省の意を表明していることなどからして、職場の秩序を乱した程度も比較的軽度であつたということができる。

また、本件疎明資料によれば、これまで被申請人従業員で懲戒処分により解雇された例として、他人の水揚を利用して皆勤手当を得ていて諭旨解雇とされた事例はあるが、乗車拒否とか無線配車拒否等で懲戒処分として解雇された事例はなかつたことが一応認められる。

右のとおり、申請人の行為の程度が比較的軽度であるといえること、過去の処分事例との比較、さらには、被申請人の就業規則には、各種の情状を考慮して決定する旨の規定があり、懲戒には、前示のとおり、解雇以外にも減給、降格、出勤停止等があること、申請人はこれまで無事故、無欠勤等で二回表彰されているが処分を受けたことはなかつたこと、また処分決定までの間、就業制限として、申請人に対して無線配車停止の措置がとられ、通常の勤務に比して水揚を上げにくい不利益措置がとられていたこと等の諸事情を総合考慮すると、被申請人において申請人を解雇することが社会通念上相当とする程のやむを得ない事由があるとは認められず、本件諭旨解雇は重きに過ぎるといわざるを得ない。

そして、本件における疎明資料によつては、他に解雇をやむを得ないとする事由を疎明するに足りる証拠はない。

従つて、被申請人による本件解雇は、解雇権の濫用にあたり、解雇の効力を生じないものというべきである。

三賃金について

本件疎明資料によれば、申請人は、被申請人から給与として、毎月二八日、基本給(総労働時間一時間に付三一〇円。但し、月額六四、四八〇円を限度)、能率給、皆勤手当(月額六、〇〇〇円)、無事故手当(月額五、〇〇〇円)、年功給(二、二一〇円)、深夜手当、残業手当、公休出勤手当、家族手当(一、〇〇〇円)の支給を受け、右基本給と能率給がその大半を占めているが、タクシー乗務のため、水揚高に応じた能率給の占める割合が大きく、毎月の収入は一定していないこと、昭和五九年一年間に被申請人から給与及び賞与として、三、二六八、七一三円の支給を受け、所得税一二七、三〇〇円、社会保険料等二八七、二四一円、地方税八二、九二〇円(但し、月六、九一〇円として一二か月分)を控除した月平均手取り額は金二三〇、九三七円であること、被申請人の乗務員に対する年間償与額は、昭和六〇年度は昭和五九年度を上回り、昭和六〇年度においては、勤続三年以上のものには五六二、八八〇円が支給されることとされ、その支給日は、夏季(四五%)が七月一〇日、年末(五五%)が一二月一〇日であることが一応認められる。

右のとおり、申請人の被申請人から受ける給与は、能率給の占める割合が大きく、被申請人において申請人の就労を拒否している状況にあつては、右昭和五九年一年間の給与及び賞与を基に一か月当りの賃金請求額を算定するのが相当である。

従つて、申請人は、昭和六〇年四月以降、一か月当り少なくとも金二七二、三九二円の賃金請求権を有するというべきである。

四保全の必要性

本件疎明資料によれば、申請人は妻とともに肩書住所地に居住しているところ、申請人が被申請人から支給される給料が唯一の収入であつて、これによつて生計をまかなつていたこと、被申請人は申請人を解雇したとして申請人が出社しても被申請人の従業員であることを否定し、申請人は現在無職の状態であることが一応認められる。

従つて、申請人が被申請人に対し雇用契約上の地位を有することを仮に定める必要があるし、賃金仮払については、前記賃金月額二七二、三九二円のうち前記所得税、地方税、社会保険料等を控除した月平均手取り額二三〇、九三七円の範囲で必要があるが、右範囲を超える部分については必要性がないものというべきである。また、年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分及び本案訴訟の第一審判決言渡後本案判決確定までの間の右賃金仮払を求める部分についても必要性がないものというべきである。

五よつて、申請人の本件申請は、雇用契約上の地位を有することを仮に定める部分及び昭和六〇年四月から本案訴訟の第一審判決言渡まで毎月二八日限り二三〇、九三七円宛の仮払いを求める限度で理由があるから、保証を立てさせないでこれを認容し、その余は必要性がないからこれを却下し、申請費用の負担については、民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官桐ケ谷敬三)

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